好きになった瞬間の切り取り方|村神千紘

私、村神千紘が日常見かけたなにげない風景や流れてゆく時間の中で感じたこと、手の届く物、届かない物でも興味を惹かれたものについて、現在進行、あるいは少し昔を振り返ったりしながら書いていきたいと思います。

ラグビーをめぐる、ささやかな記憶

第7日目はラグビーについて書いていきたいと思います。

7月15日土曜日、東京の秩父宮ラグビー場でスーパーラグビーに参戦している日本チーム、サンウルヴズの今シーズンの最終戦がありました。対戦相手は、ニュージーランドのチーム、ブルーズ。プレイオフへの進出は逃したものの、二年前のワールドカップで優勝したオールブラックスのメンバーが複数人所属する強豪です。一方、サンウルヴズは、二年後に日本で初めて開催されるワールドカップに向けた強化のために、昨年からスーパーラグビーに参戦している新しいチームで、今シーズンはわずか一勝を上げたのみ、という状況です。

 

f:id:tapirhut:20170807223543j:plain

東京都府中市に十数年間居住していたことがあります。1980年代から1990年代にかけてのことです。

府中市には社会人ラグビーのチームが2チームあります。ひとつは、ユーミンの「中央フリーウェイ」で「左はビール工場」と歌われているサントリー。もうひとつは、昭和史に残る未解決事件、「三億円事件」で従業員のボーナスを強奪された東芝府中です。

80年代当時、サントリーのスタイルはスタンドオフを司令塔としたスマートな展開ラグビーでした。早稲田大学出身のスタンドオフ、本城やスリークウォーターバックの吉野が在籍していたこともあって、個人的には早稲田のラグビースタイルに近い印象を持って観戦していました。
一方、東芝府中は、フォワードを中心として前に前に、といった印象で、明治大学出身のフォワード、河瀬泰治が在籍していたこともあって、明治大学ラグビーに重ねて見てしまっていました。

90年代になってからですが、東芝府中のセンターにアンドリュー・マコーミックという、ニュージーランドクライストチャーチ出身の選手が加入しました。彼のプレイを秩父宮ラグビー場のバックスタンドから生で何度か見ましたが、アタックは言うまでもないのですが、献身的な激しいディフェンスを黙々と続ける彼のプレイスタイルは、神戸製鋼の平尾や元木に並ぶくらい新鮮で尊敬できるものでした。

そんな彼のスタイルとキャプテンシーを、ぜひ日本選手に真似して欲しい、そんな風に見ていました。すごく好きな選手でした。

1999年にイギリスで開催されたワールドカップでは、平尾監督率いる日本代表は残念ながら一勝もできませんでしたが、このチームのキャプテンが日本のラグビー史上初の外国人キャプテン、アンドリュー・マコーミックでした。

ヒースロー空港のバス乗り場で日本代表のスタンドオフ、岩渕を見つけて声をかけ、バスのフロントグラス越しに、平尾監督の顔を見られたこと、その一部始終を持参していたデジタルビデオカメラで撮影していて、懐かしい記憶とともに記録が残っています。

その翌年、ラグビーとは全く関係のない目的で、ニュージーランドクライストチャーチへ行きました。空港から宿泊先のB&Bまで乗った、中年のドライバーが運転するタクシーのカーラジオからはスポーツ中継の音声が流れていました。

 

f:id:tapirhut:20170807221959p:plain

英語のアナウンスを何気なく聞いていたところ、「オフサイド」とか「ノックオン」など聞きなれた単語が聞き取れました。

ドライバーに「ラグビー?」と聞くと、彼は「そうだ」と答えました。名称を聞き取ることはできませんでしたが、「地区リーグの試合」のようでした。

私は、「アンドリュー・マコーミックを知っている?」と聞きました。
ドライバーは「知っている」と答えました。「父親は、オールブラックスの選手だった」と。

私は、マコーミックについて、「日本代表のキャプテンを務めた、大好きな選手だ」なんてことは夢中で話していました。運転をしながらラグビー中継を聞くには、大変な雑音だったとは思いますが。

B&Bに着いてタクシーを降り、イギリス式にならってタクシーの助手席の窓から料金を払ったのですが、ドライバーは料金を受け取った後、右手を突き出してきました。
チップが足りなかったのか、と思っていたら、彼は握手を求めていたのでした。

 

f:id:tapirhut:20170807222040p:plain

翌日、B&Bでタクシーを呼んでもらうと、前日のドライバーの車でした。
ニコニコしたドライバーに「ラグビー・ガイ」とか呼ばれ、タクシーを降りるまでに同じような話を繰り返していました。

帰国までの間、残念ながら同じドライバーのタクシーに乗ることはできませんでした。

7月15日土曜日、サンウルブズの今シーズンの最終戦。テレビ中継はありませんでしたが、民放のラグビー番組で急遽、ダイジェストが放送されました。

前半はブルーズにリードされる展開でしたが、21対21に並んだ後半、サンウルブズが一方的に攻めて、終わってみれば48対21の大差での勝利となりました。連続攻撃からのトライやモールを押し込んでのトライあり、と会場で観戦していなかったことが悔やまれるくらい、サンウルズの応援団にとっては素晴らしいゲームでした。

 

f:id:tapirhut:20170807223626j:plain

そんな試合展開を追いかける間中、ずっとクライストチャーチで出会ったタクシーのドライバーのことが頭に浮かんでいました。もし、あのドライバーがこの試合を観戦していたら、どんなことを思っただろうと。そして、試合内容と両方のチームの戦いぶりにどんな評価をしただろうと。

前半、サンウルズは善戦するもののミスが目立つ戦いぶりで、彼にほめられる内容ではなかったろうと思います。他方、ブルーズの戦いぶりに関しては、最下位のチームとの消化試合であり、また南半球とは真逆の、蒸し暑い酷暑の東京というコンディション調整も不利な状況があったとはいえ、相当厳しい評価が彼から下されたんじゃないでしょうか。

もし仮に、クライストチャーチでラジオで中継されていたとして、彼が運転中にそれを聞いていたとしたら、何度もハンドルをたたき、汚い言葉もひとつふたつ、口を突いていたかもしれません。

でも、もしかしたら冷静にプレーを分析していて、サンウルブズの戦いぶりと、1ヶ月前の日本代表のアイルランド戦の内容から、2年後の日本代表の弱点を見抜いていたかもしれません。なにしろ、ワールドカップを連覇した、オールブラックスの国のラグビー好きなドライバーなのですから。

2019年、ラグビーW杯。日本で開催される大会で、日本代表のラガーマンたちは、どんなドラマと感動を届けてくれるでしょうか?